2011年6月6日月曜日

知事抹殺と原発事故

「知事抹殺」3.11の後、ずっと気になっていたこの本をやっと読むことができた。この佐藤英佐久、福島県元知事の事件を初めて耳にしたとき、「東北はいまだに古い体質を引きずっているな」という軽い軽蔑とともに知事の有罪になんの疑いも抱かなかった。しかし、第二審での判決では罪状の中心となっている土地取引による利益供与はゼロしかし有罪という不思議な判決報道に首をかしげたのを覚えている。
この本によれば、検察は県内の大型土木工事中でも、大きな木戸ダムの建設にかかわる談合とそれを仕切る天の声としての知事の役割、更には知事の直接関与を避ける為に実弟が代理人として仕切り、利益授受するという仕組みを立証して有罪へと筋道を立てていく。証拠は、供述書と土地取引のみである。実弟への利益供与は、実弟の会社保有不動産売買の際に建設会社から市場価格を上回る価格での買い上げ=利益供与という手の込んだ罪状である。この罪状、第一審では販売価格8億7千万円のうちの7千万円が利益供与と判断され、控訴審では差額はゼロ、ただし換金という利益を与えたということで有罪という、つじつまあわせのような判決が下っている。本では県の土木部長が歴代談合の元締めを行い、そこから甘い汁を吸うエージェントの人物の存在を示唆しているが、彼らは一様に検察の証人として知事からの指示を証言する。どうみてももっとも怪しいのは誰かというのが見当つきそうな単純な話を無理やりこじつけたとしか見えない。やはり、彼の逮捕も国策捜査と思わせるところが多々ありである。
前半の彼の政治家としての回顧部分はこれからの地方分権、政治のあり方を考える上でも示唆に富むところが多かった。国の下部機関としての県政から脱却し、国とイーコールパートナーとしての地方分権のあり方、道州制の危険性の指摘、知事会を通しての財源移譲の戦いなどこれまで私自身がもやもやと疑問に思っていた点についても明解な自説を展開している。ここからも確固たる政治的信条基づく優れた政治家であったことが伺える。それを裏打ちするように古い利権型の政治から脱皮し、住民主体の支持母体を基盤に福島の有権者の半数以上の得票を得て圧倒的地歩を有していた政治家としての手腕は高く評価されるべきところである。真の民主的地方分権を目指す革新的知事を失った損失は福島のみならず日本にとっても痛手である。
原発事故データの隠蔽、改竄という事件の発覚に際して、国及び東電からの重圧を撥ね退け福島原発全機停止にもっていく展開はサスペンス物を読んでいるような緊迫感が伝わってくる。佐藤元知事は反原発の知事というよりも福島県民と地方分権を獲得するために正義を貫いた結果、国家の陥穽におとしめられたということができる。なぜ、彼が東電と国を敵に回してでも原発全機停止という挙に出たか、その本質をより多くの日本人が知っていたならば、現在の原発の事故もより被害のないものに終わっていたのではないかという空想にもついとらわれてしまう。まことに残念。

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