現在福島原発の現場では東電の現場職員が必死の思いで収束に当たっている。汚染水が溢れないようかつ原子炉を冷温停止に持ち込むための努力は我々の想像を絶する戦い。東電という会社に現場を仕切るそれだけの人材がいたことは日本にとっては不幸中の幸いであった。とはいえ、3月12日からの原発の関連の報道をみて、最初に起こった疑問は「日本には原発のシビアアクシデントに対応する特別組織というものはいないの?」という疑問である。オームの地下鉄サリン事件の時には化学テロ対策班のようなものが出っ張り、さすがに万が一の体制はあると一応の敬意を国に持ったものだが、今回は、まるで火事になった一般人が119番をしているがごとく政府はあたふたしていたというのが私の印象である。NHKスペシャル「なぜ原発事故は深刻化したか」でも福山官房副長官は事故当日、彼は必死に電源車をかき集めていたと証言している。政治家という技術的にも危機管理も素人がたまたまその場にいたからと言って現場責任者になっていいのであろうか?政府はすべてが初めて、まにあわせ、はっきり言って私の方がましな指揮を執れると思った方は日本に多くおられるであろう。これは一部菅首相と民主党の責任であろうが、ひょっとすると原発事故という想定外の危機に対する体制はなにもなかったのではないか?政治家は判断を下すリーダーであって、情報を収集、分析、代替案を提示する専門家ではない。そんなすべての知識があるわけはない。更に懸念するのは将来ありうる他の国レベルの危機に関しても官邸がトップになれるだけの情報収集分析、資源を瞬時に配分するシステムがこの国にはないのではないかと、危惧する次第である。
3.17、自衛隊は原子炉向けの放水車もヘリも持っておらず、とりあえず山火事を消すがごとく、ヘリで二回だけ散布した映像には世界中を落胆させた(もちろん、そのヘリの乗組員とか自衛隊を責めているわけではない)。放射能汚染水が出始めると、現場はおがくず、新聞紙まで突っ込んで対応しようとした。もちろんこれは何の役にも立たなかったのであるが、地下水汚染の民間専門家を招集する組織さえも政府にないことがいかにも稚拙に見えた。現在行われている汚染水の冷却循環システムの構築においても、原子炉冷却と調整する必要はあるが、東電の現場に負担を減らすように別組織でもできたはずだ。
災害対策体制はどうあるべきかという議論が何もわき起こらないのはなぜなのか?補正予算には福島対応の予算が入っているようにも見えないのは、東電といういわば事故の当事者に、収束を全部ゆだねるのが筋ということなのであろうか?今後とも各電力会社のベストエフォートベースで事故対応を期待するのか?要は政府は国難と言いながら、東電に全責任を負いかぶせるためになにもしないだけなのか?であるとしたら、誠に無責任な政府、(政治家+官僚組織)に我々は国民の安全を預けていることになる。今の政府がそうであるならば、それは早晩つぶしてでも、国がはっきりと責任をとるシステムを作ることが必要である。
福島を何とか収束させたとしても、残りの原発も不安である。福島が壊れた後、次の事故はもうないのかというと、週刊現代今週号の報道では,玄海1号、美浜1,2号、大飯2号、高浜1号機と中性子被ばくで老朽化、脆性破壊の可能性の高い原発がごろごろしており、伊方原発も中央構造帯の真上と活発化する知地震大国日本は多くのリスクをはらんだままである。全部止めたとしても長期に崩壊熱を燃料棒から除去するために厳重な管理が必要な原発には絶えず放射性物質拡散の危険がついてまわる。であれば、次の原発災害の対応組織も整備する必要がある。金のない政府には頭の痛い話であろうが安全があっての繁栄、優先度は高いはずだ。まず、原子力保安院はつぶすべきというのは前にも書いたとおりである。おそらく原発災害・テロ対策隊を自衛隊の姉妹機関として作ることがまずは必要ではないか?もちろん、この組織は保安院のように事故が起きた場合に伝書鳩になるのではなく、現場に急行し現場で対策組織を電力会社のオペレーションチームと立ち上げる能力を持たせる。普段のシュミレーション・訓練でも常に電力会社と合同演習を行う必要がある。また、現場の主だった所員がいなくなる、機能できなくなるという事態も可能性がなくはないのであるからどのようなシナリオも考慮済みの体制が必要である。災難を糧とするならばそれくらいの組織再構築は必要ではないであろうか?
災害に至らなくても人災によりこれまで原発は多くの事故を起こしている。保安院は独自に事前技術認証する能力も事故対応する能力もなく、事故を客観的に調査する能力もない。基本的に書類審査機構である。違反に対して取り締まるいわゆる警察力(英語で言うところのEnforcement)もない。米国で法律において規制を行う場合には通常Enforcement 体制を付与するが、日本では口頭注意で刑事罰を与えることはまれである。しかしながら、原発のように多くの国民の生命を危機にさらす可能性のある施設・組織を規制するには警察力がなければ実効が上がらないということはこれまでの事故で公然と情報の隠ぺい、改ざんが行われてきたこと、過去の教訓から日本の原発の安全がどの程度改善されたかということを見れば自明であろう。つまるところ自衛隊のような機動力と警察のような普段の取り締まりが必要というのが原発という特殊な発電組織に対して必要といえよう。
新保安院は自衛隊の特殊部隊的な危機対応能力と、警察的な安全遵守の監視の双方の機能を持たせた強力な組織であるべきだ。悲しいことに脱原発にせよ、原発継続にせよ、使用済み燃料棒と放射性物質がある限り、こうした特殊組織がなければ国民の安全は担保されない。事故調の分析からそうした組織体制への強化が出てくることを望んでやまない。
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